Blog 一番星

雑記。ときどき日記。


 

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清水建設さんには母校の校舎建て替え工事をしていただいたりして、同社を信用しているのですが、CMを見て「そんな会社だったっけ?」と思いました。

清水建設CM「いつかきっと」篇 (音が出ます)


子供が夢の技術をあげながら、「いつかきっと できるよね」と歌っているのですが、その後が問題なのです。

予兆はここから始まります。

「しんじてれば できるよね」
  ― うーん、信じているだけじゃダメだぞ。「一冊の本を思い描くのはやさしいが、実際に書くのは難しい。」ってやつだな。


そして、最後の歌詞に、私は脱力感と腹立たしさを感じました。

「たのしみに まってるよ
おねがいしまーす!」
「おねがい きっとだよ
まってまーす!」
  ― はぁ!? 自分でやらんか

CMにでている子供たちが、希望に満ちた子供たちから「クレクレ厨」へと私の中で変容します。「ググれカス」という言葉を使いたくなります。ucciiさんは、他力本願と表現されました。

CMに映し出されている子供は、小学生でしょうか。確かに小学生なら、夢の技術と自分の存在の関係 * が見えていないことが許されるのかも知れません。

 *: 直接に技術開発を行うことに限らず、夢の中間地点の技術開発、あるいは夢のための資本・資源の集中作業、折衝に関わることを含む。

つまり、
「いつかきっと できるよね
 しんじてれば できるよね」
 たのしみに まってる...って、これ自分らでやらないといけないんだよね」
と、最後に二の句が継げないことが許されるのかも知れません。


でも、これは企業CMです。

清水建設としては「子供たちが"待ち望んでいる"ような、子供たちに誇れる仕事をしています」と主張したいようです。しかし、「まってまーす!」という言葉で締めくくる文脈が適当だったのでしょうか。定型文でないトリの言葉は印象に残りやすいのです。

このCMを清水建設は自社のCMとしてOKしたのです。もっといえば、このCMにつながるいくつかの段階を清水建設は作業し、OKを出してきたのです。

つまり、CMの締めくくりを「まってまーす!」という言葉にした。清水建設は、そういう会社なのだと、私は考えます/考えざるをえないのです。


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2009.10.15 19:23  | # [ 編集 ]












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