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Blog 一番星

雑記。ときどき日記。


 

 現在、本ブログには個人的なことを書いています。
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社会人になって丸2年がたったが、いま思うのは、いかにして社会を逆戻りさせないか、ということである。

そのためには、成果を確実に刻み付けていかねばならない。

そうでなければ、社会は錆び付いていってしまう。我々は社会を研ぎ澄まさねばならないのだ *。

 * この文章の発想の元:
ヘンリー・ペトロスキー=著, 中島 秀人・綾野 博之=訳 : 橋はなぜ落ちたのか―設計の失敗学 (朝日選書, 2001) p.211.

>こうして、技術の失われた偉大な教訓のいくつかが再発見され、未来の技術者の中で、技術的思考と判断は、錆び付くどころか研ぎ澄まされることになるだろう。

中学生になったら自らの手で人を殺せることを認識すべきだという話を聞いたことがある。

私は社会人になってから、自らの死を想定しなければならないと感じている。

古来よりある事柄について纏めようと文章を書いていた人間が、纏め終わる前に死んでしまうことがある。

例えば、クラウゼヴィッツ「戦争論」は、クラウゼヴィッツの死後、夫人 マリー・フォン・クラウゼヴィッツによって刊行された。よって、少なくとも推敲の面で、「戦争論」は未完成の作品なのである。

いろいろな思索をいつか纏めるために頭のなかにしまっておくだけでは、自らの死によって、その情報は消滅し、社会を逆戻りしてしまう。

随時、成果を確実に刻み付けていかねばならない。

関連:
小林 一三 : 私の行き方 (PHP文庫, 2006) p.32.

> 慶大の卒業生で、宝塚の大劇場で座席券の売りさばきやその取り扱いの仕事をしていたMという青年は、...いつもいつもその残務がキチンとして、その晩当人が仮に死んだとしても、翌日誰にでも分かるように片付けている。

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