Blog 一番星

雑記。ときどき日記。


 

 現在、本ブログには個人的なことを書いています。
  社会系の記事は「TAKAGI-1の目から」に、
  科学・技術系の記事は「TAKAGI-1の科学・技術的日々」に書いています。
 TAKAGI-1 のブログ全体については、TAKAGI-1 文章とブログ をご覧ください。
 

 
 

悲劇が終わるまでは、悲劇を終わらせることに全力を注げ。

責任追及をするならば、悲劇が終わってからにせよ。

そして、悲劇を繰り返さないために、悲劇から得られた知見を活かす仕組みを作り上げよ。

悲劇が終わって法廷がはじまる/アイスキュロス『エウメニデス』 読書猿Classic: between / beyond readers

>「悲劇」は正義と不正を体験させるだけだったが、「法廷」は強力な力を持った正義を実際に作り出す場所であった


発想の元:

以下のブログ記事からの発想である。以下のブログ記事の主旨とは関係がない。

悲劇が終わって法廷がはじまる/アイスキュロス『エウメニデス』 読書猿Classic: between / beyond readers
主旨を示すための抜粋:

>事態を解決するのは、もはや預言者や神託のコトバでなく、さまざまな議論を尽くして行われる法廷論争であり、その判決のコトバなのだ。

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暗闇の廊下において、左右の部屋の廊下に向かってつきだしたドアノブ(特にレバー式)は危険である。
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次のように考えた。

条件:

(不具合発生防止コスト)+(不具合進展防止コスト)
< (不具合・災害被害)×(不具合・災害発生確率)×(安全率)

註:

  • 不具合が進展すると災害になる。

  • 安全率は、発生確率の誤差の相対的大きさとギャンブル性によって決まる。
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「それは彼らもわかっているでしょうし、それで何も連絡がないということは問題なかったんでしょう」。

彼らは「わかって」おらず、問題があっても、それに気づいていない、という可能性がある。

● 彼らは「わかって」おらず

戸部 良一, 寺本 義也, 鎌田 伸一, 杉之尾 孝生, 村井 友秀, 野中 郁次郎 : 失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫, 1991) p.159.

>方面軍の意図は第一五軍に通じておらず、第一五軍はむしろ、あいまいな表現を自案に有利な意味に解釈してしまったのである。

● 問題があっても、それに気づいていない

若松 義人 : トヨタ式「スピード問題解決」 (PHPビジネス新書, 2008) p.82.

本田宗一郎の「見」と「観」

>同じものを見ても、目的が違うと見え方が違うわけだ。ものごとは、見学の見ではなく、観察の観で見ないと本質はつかめないというのが本田氏の話の趣旨であった。

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山陽電車の運転席のガラスに貼ってあるステッカーに、次のことが書かれてあった。

 指差
 確認
 喚呼

「指差喚呼」というが、真ん中の「確認」を忘れたら意味がないんだね。
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