Blog 一番星

雑記。ときどき日記。


 

 現在、本ブログには個人的なことを書いています。
  社会系の記事は「TAKAGI-1の目から」に、
  科学・技術系の記事は「TAKAGI-1の科学・技術的日々」に書いています。
 TAKAGI-1 のブログ全体については、TAKAGI-1 文章とブログ をご覧ください。
 

 
 

日本図書館協会の見解・意見・要望 ―― 2012/05/30 武雄市の新・図書館構想について

当協会が図書館運営のよりどころとして示している「図書館の自由に関する宣言」では「図書館は利用者の秘密を守る」ことを明らかにしていますが、これは「図書館利用者は、個人のプライバシーと匿名性への権利を有するものである。図書館専門職とその他の図書館職員は、図書館利用者の身元ないし利用者がどのような資料を利用しているかを第三者に開示してはならない。」(「IFLA図書館と知的自由に関する声明」1999年3月25日国際図書館連盟理事会承認)と国際的にも公認された原則です。


私が図書館の自由に強く反応するのは、公共図書館の最大の役割はインフォームド・シチズンの育成と維持にあるという認識ゆえであることは確かだが、

有川 浩の「図書館戦争」シリーズの影響によるものが大きいだろう。

ストーリーがもつ説得力の強さを感じる。
スポンサーサイト
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
我が実家は、本を借りる文化の家であり、本を買う文化・本を所有する文化の家ではなかった。

本を買う文化との明確な接触は、中学になってからだ。
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
何これ、格好いい。

J.J. ルソー=著, 桑原 武夫, 前川 貞次郎=訳 : 社会契約論 (岩波文庫, 1954) p.13.

はしがき

 この小論は、わたしが、かつて自分の力をはかることなしに、くわだて、ずっと前に投げ出してしまったところの、 もっと大きな一つの作品の抜き書である。すでにでき上がっていた部分から、いくらかの断片を抜き出すとすれば、 つぎに掲げるものが最も重要なものであり、また世に問う価値のもっとも少ないものではないように、わたしには思われる。 残りの部分は、もうなくなってしまった。


私は、はしがき、前書き(後書きは、これらに劣る)が、大好きである。参考書・問題集の前書きを1冊1冊、丁寧に読んでいた人間である。
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク

これは、Jr.,ジョン・D. アンダーソン=著, 織田 剛=訳「空気力学の歴史」アマゾン・レビューのβ稿です。

このβ稿は1300字あります。アマゾン・レビューは800字以内であることが求められているため、アマゾン・レビューへは500字程度削った文章を投稿しました。


人類はいかにして超音速機を設計できるようになったのか


「空気力学の歴史――飛行理論の発見と航空機設計への反映――アリストテレスから超音速機まで」、内容を伝えるという観点から、副題を私なりに付けるとこうなる。

本書は訳書であり、原書名は「A History of Aerodynamics and Its Impact on Flying Machines」である。直訳すれば「空気力学の歴史および航空機へのその影響」である。

以下のような言葉に興味をもつ人は、この本を興味を持って読めると考える。

 航空機・流体力学・科学史・技術史・工学・科学から技術へ(科学の技術移転)・経験と科学


●大要

本書には、流体力学の黎明(数式表現以前)からの空気力学(航空分野の流体力学)の発展史が書かれている。

乱暴に言えば、紀元前から始まる、超音速機開発史である。人類が、どのような発見をし、時に間違いをおかし、どのような実験装置を作って、どのような知見を獲得し、人と人・人とモノがどのような刺激をして、最終的に超音速機を設計できる状態になったのかが書かれている。

この発展史は、紀元前350年のアリストテレスによる、連続体と、連続体中を動く物体に働く抵抗の概念(p.21)から始まる。最終章は超音速機を主に扱っており、1950・60年代の極超音速飛行・計算流体力学(p.574)で終わる。

なお、本文の折り返し地点は、ライト兄弟(動力飛行:1903年)について書かれている。


● 特徴1: 各年代の最新の空気力学が、当時の航空機設計にどのように活かされていたか

各年代の最新の空気力学が当時の航空機設計にどのように活かされていたかについて述べられている。筆者は以下のとおり宣言している。

「本書ではある重要な質問に答えることを心がけている。その質問とは、ある時代の空気力学の最先端技術が、実際にその時代の飛行機の設計にどの程度取り入れられていたのかということである。(p.vi)」

これは、経験よりも理論に得意をもつエンジニアにとって、関心をもつ部分であろう。私も関心を持った。

本書は以下を主張している。

理論空気力学の知見を参考にせず(応用空気力学は参考にされた)、技術者リリエンタールとライト兄弟が飛行機をまず飛ばす。実機は科学者を飛行機にひきつけ、空気力学が大いに発達する。しかし、設計者はその間に経験を積み、経験に基づく設計に自信をもち、最新の科学(学術研究)の成果が設計に反映されない。

しばらくして、実機にひかれた科学者は、科学と設計者の間の橋渡しを果たすようになる。こうして、「それらの橋を渡る情報量と渡る流れの速さは設計者がどれほど必要としているか、つまり必要性に依存(p.559)」するようになった。

● 特徴2: 空気力学の発展に人の人生あり

本書に登場する人は、帯に「抜粋」として挙げられているだけでも 40名にのぼる。各人の略歴が脚注や表ではなく、本文中に書かれているため、各人の人生を空気力学の発展史に組み込んで読者は読むことができる。

同時代の人とのつながりについても言及されており、例えば、ナビエは、フーリエの弟子であり且つ友人であった(p.115)ことが書かれている。
 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク
司馬 遼太郎「坂の上の雲 1」(文春文庫, 1999)の感想です。

連続性


明治の発展は、福沢 諭吉 が「蘭学事始」の序(1890年)に書いたように「偶然に非ず」であった。

連続性は、藩の存続性であった。藩という仕組みは、明治になってからも生き続けた。

教育・知識階級


明治の発展を担った人々は、藩由来の教育制度を受けてきた。

p.12

> 旧幕時代、教育制度という点では、日本はあるいは世界的な水準であったかもしれない。藩によっては、他の文明国の水準をあるいは超えていたかもしれなかった。


p.26.

> ちなみに徳川時代の特殊さは、知識階級が都会におらず地方にいたことであった。各藩がこぞって藩士に学問を奨励したために五、六万石以上の大名の城下といえば知識人の密集地というぐあいにまで幕末はなった。



さらに言えば、藩由来の高度な教育制度は、長期にわたる江戸時代の太平によって、もたらされたことも事実であろう。

倒幕勇藩以外の藩がもった未来志向


倒幕勇藩以外の藩は奮起した。「米百俵の精神」は長岡藩に限ったことではなかった。

p.68.

> 好古はあの士官学校の試験のあと、本郷からこの話をきいて、
 ――[丹波]篠山はばかにならぬ。
 とおもった。


p.122.

 ちなみに、維新に乗りおくれた中以上の藩のほとんどがこの目的による育英団体をもっていたという点からみれば、日露戦争までの日本というのは諸藩の秀才競争社会であったともいえるであろう。



移行期の常態超えの出力


しかし、藩は徐々に消えていく。中央集権国家が形成されていく。

藩は諸藩は外国さらに他藩から独立していた。よって、諸藩は小さな単位ですべてをまかなわねばならない「混成旅団」であった。制限された環境のなかで、人々は強靱になっていった。

そのような強靱な人々が、制限が取り払われ、外国に開いた明治の日本において働いた。

藩から中央集権国家への移行期ならではの常態超えの出力が達成されたのである *。

p.112.

>日本人の意識転換の能力のたくましさ



* 対して、移行期ならではの損失は、小さかった。

pp.111-112.

> 余談ながら、徳川三百年は江戸に将軍がいるとはいえ、三百諸侯が地方々々にそれぞれの小政権をもち、城下町を充実し、そこを政治、経済、文化の中心たらしめていた。
 が、それが、明治四年の廃藩置県でにわかにくずれ、日本は東京政府を中心とする中央集権制になった。
 「たいへんな変改だ」
 と、これには、幕末から明治初年にかけて駐在した英国公使パークスをおどろかしめている。パークスがおどろいたのはこの改革じたいが革命そのものであるのに、一発の砲弾のもちいずして完了したことであった。 パークスはこれを奇蹟とした。

 このエントリーをはてなブックマークする このエントリーを含むはてなブックマーク