fripSide 「only my railgun」の歌詞を解釈してみました。
参考にした歌詞はonly my railgun 歌詞|ツバサの羽根休息所です。
力を行使せよ。限界など知らない――そもそも限界など知覚する意味がない――力を私が発揮しつづけた先に、私は、過去に抱いた夢や未来の予測(目標)を超越して、目的に迫ることができる。 ※参考:目的と目標の違い|脱コンサルタントの企業経営でノウハウ公開
過去を振り返る事しかできないならば、そのような過去の連続にある現在の私のあらゆる資産(知識、人間関係など)に価値はない。
世界は「低きに流れる」傾向があるが、私はきっとそれを「高きに上げる」ことができる。
見よ。私の鋭い視線は、進め方を探している。私の力をもつ私だけが、私が執る進め方がこれだと特定することができる。それは、直感による。私はそれを確かに感じた。
それを掴め。性善説がいう正直な私が望むものは全て、手にして運用せよ。過去に決めた目的のために運用せよ。
苦しい経験もあるだろうが、それも強さになる。
ふと周りを見まわすと、私は理解されていないことに気づく。それに戸惑うことがあることは事実だ。
世界の動きは確率的だ。私の目的に順行することもあれば、逆行することもある。そのため、私の目的に即した判断が正しかったのか、迷いが生じることもある。
そのような時に、摩擦によって発する火の粉のように、思いに引っかかりがあることを知らせる意識を感じる。
その意識は目的を再認識させる。私の力だけが、私の目的がこれだと特定することができる。
力を行使する先を見つけ、注意を集中せよ。
目的を再認識した私は、惑わされない。
目的をもつ限り、その障害になるものは排除する。
私の目的に関連する願いは多い。目的を再認識した私は、それを引き受けていることを認識する。
また、私の目的に関連する良くない記憶を思い出す。
世界がバラ色ではないと、年を経るにつれ認識するが、私の目的に近づくことは諦めない。
目的をもって今に至った私を、私は経緯を含めて全人的に誇ることができる。
見よ。私の鋭い視線は、進め方を探している。私の力をもつ私だけが、私が執る進め方がこれだと特定することができる。それは、直感による。私はそれを確かに感じた。
力を行使せよ。限界など知らない――そもそも限界など知覚する意味がない――力を私が発揮しつづけた先に、私は、過去に抱いた夢や未来の予測(目標)を超越して、目的に迫ることができる。
連続性
明治の発展は、福沢 諭吉 が「蘭学事始」の序(1890年)に書いたように「偶然に非ず」であった。
連続性は、藩の存続性であった。藩という仕組みは、明治になってからも生き続けた。
教育・知識階級
明治の発展を担った人々は、藩由来の教育制度を受けてきた。
p.12
> 旧幕時代、教育制度という点では、日本はあるいは世界的な水準であったかもしれない。藩によっては、他の文明国の水準をあるいは超えていたかもしれなかった。
p.26.
> ちなみに徳川時代の特殊さは、知識階級が都会におらず地方にいたことであった。各藩がこぞって藩士に学問を奨励したために五、六万石以上の大名の城下といえば知識人の密集地というぐあいにまで幕末はなった。
さらに言えば、藩由来の高度な教育制度は、長期にわたる江戸時代の太平によって、もたらされたことも事実であろう。
倒幕勇藩以外の藩がもった未来志向
倒幕勇藩以外の藩は奮起した。「米百俵の精神」は長岡藩に限ったことではなかった。
p.68.
> 好古はあの士官学校の試験のあと、本郷からこの話をきいて、
――[丹波]篠山はばかにならぬ。
とおもった。
p.122.
ちなみに、維新に乗りおくれた中以上の藩のほとんどがこの目的による育英団体をもっていたという点からみれば、日露戦争までの日本というのは諸藩の秀才競争社会であったともいえるであろう。
移行期の常態超えの出力
しかし、藩は徐々に消えていく。中央集権国家が形成されていく。
藩は諸藩は外国さらに他藩から独立していた。よって、諸藩は小さな単位ですべてをまかなわねばならない「混成旅団」であった。制限された環境のなかで、人々は強靱になっていった。
そのような強靱な人々が、制限が取り払われ、外国に開いた明治の日本において働いた。
藩から中央集権国家への移行期ならではの常態超えの出力が達成されたのである *。
p.112.
>日本人の意識転換の能力のたくましさ
* 対して、移行期ならではの損失は、小さかった。
pp.111-112.
> 余談ながら、徳川三百年は江戸に将軍がいるとはいえ、三百諸侯が地方々々にそれぞれの小政権をもち、城下町を充実し、そこを政治、経済、文化の中心たらしめていた。
が、それが、明治四年の廃藩置県でにわかにくずれ、日本は東京政府を中心とする中央集権制になった。
「たいへんな変改だ」
と、これには、幕末から明治初年にかけて駐在した英国公使パークスをおどろかしめている。パークスがおどろいたのはこの改革じたいが革命そのものであるのに、一発の砲弾のもちいずして完了したことであった。 パークスはこれを奇蹟とした。
君が思うそのままのこと 歌う誰か見つけても すぐに恋に落ちては駄目さ お仕事でやってるだけかもよ?
――大槻ケンヂと絶望少女達「林檎もぎれビーム!」 (作詞:大槻ケンヂ)
言語化、暗黙知の形式知化とは、なんと尊いお仕事か。
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